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Re.祝詞

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年11月19日(月)17時18分20秒
  >津多姫=^_^=☆ミ様

狛犬七対はすごいですね。確かに三対、四対くらいは時々ありますし、
大きい神社だと摂末社も含めてそれなりの数になったりしますが、それ
にしても珍しいことだと思います。大切にしてこられたのでしょうね。

おっしゃる内容は一々もっともなことで、私なども常々、神社神道の
現状、及び将来に対して危惧しているところです。

言うまでもなく、明治の神仏分離、及び神道の国家管理によって、神道は
宗教ではないという方針から、神社神道から霊的側面が排除され、その
宗教性が著しく弱められて、未だ回復していない、あるいは、その必要さえ
外から見れば、どれほど感じておられるのかよくわからない状態です。

無論、祭祀の厳修ということも重要な要素ですし、そこにも霊的な意義が
あることは確かだと思いますが、しかし、そのままでは文化財・美術品と
して鑑賞の対象になっている仏像などと同様になってしまうのではないか、
と思うわけです。

鎮守の森や自然との共生も大切なことですが、しかし、宗教というのは
もっと人間の生に密着したドロドロとしたものを生命力として、目に目ない
世界と我々を繋ぐところがもっとも重要ではないかと思います。

また現代は、科学や理性を万能とする価値観が限界を迎え、それを超えた
世界を求める人が増えているようです。今後、ますますその傾向は強く
なるでしょう。

そういう時代に、近代的価値観を土台とする神社神道が対応できるのか。
まして、国境の壁が低くなり、人の移動が激しくなるであろうこれからの
社会状況を考えると、神社の存立基盤自体、極めて厳しくなると思われます。

そこで活路を開く可能性があるのが、祝詞をはじめとする神道が伝承し、
蓄積してきた修行や修法の再興であろうと思うのです(ひいては、そこから
神道の精神の再興)。これは、一般人にも伝授可能ですし、言語を問題に
しなければ、民族・人種も関係ありません。また、時代を超えて通じるもの
でもあります。

日本の新宗教の中には、世界的に進出しているものも少なくありませんが、
その中には明治に神社神道から切り捨てられた要素を応用している部分が
少なくありません。そもそも、一部の例外を除く新宗教の大半が神仏習合的
傾向を持っていることからもわかるとおり、神仏分離で排除された要素が
新宗教となって生き残っているという言い方さえ可能だと思います。

このような観点から、祝詞の普及という太田様の活動は、きわめて大きな
意義があると思うわけです。特に、正当な神社神道の世界の中でされている
というところが、重要な意味をもっていると思います。
 
 

純粋意識(神との迎合)

 投稿者:近藤  投稿日:2007年11月18日(日)12時32分24秒
  ブログ更新のお知らせです。

タイトルは「純粋意識(神との迎合)」。
ご興味ある方は、ご一読ください^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/?blog_id=2149915

 

祝詞

 投稿者:津多姫=^_^=☆ミメール  投稿日:2007年11月16日(金)10時32分27秒
  こまいぬ様、お返事ありがとうございました。
ちなみに当神社は、こまいぬが7対、14匹も設置されています。ただ単に奉納者の恣意に任せた結果にしか過ぎませんが、日本でも珍しいことと思います。
さて、私の先のコメントに関しての補足となりますが、
これからの祝詞のあり方をどう捕らえるかと言うことです。
たとえば現在神社で奏上される祝詞は、ほとんどがその時々に臨んだ祝詞であり、恒常的に神拝、または修行(神社神道では修行を目的とする、メンタル的要素を含む祝詞奏上はほとんど行われていない)を目的とする祝詞奏上はほとんど行われていないのが実情です。
普段から、祈りに徹してメンタル面のケアを十分に行っていない、祀官が祭祀を奉仕したり、ご祈祷を奉仕したりしているのが現状ではないでしょうか?
そうかと言って、現行の神道には、祝詞奏上をして祈りを充実させるプログラムもなければ、どのように奏上すればよいのかといった、声のサンプルもありませんでした。
そこで、オリジナルの祝詞本とCDを編集録音して世に問うたわけです。いわば当初は自分に課する修行のカリキュラムとして製作したものです。
また、祝詞奏上できる日本人を増やし、祈りにより人類想念を浄化し現実社会を明るく穏やかなものにする急務があると思いました。
ところが祝詞CDに触れられた方々が想定外に、神秘的奇跡的な体験をする人が増えてこられまして、改めて祝詞という先人から伝わるメディアに驚き、舌を巻いたしだいです。
果たして祝詞そのものの持つパワーに気づいている本職は一体どれほどおられるでしょうか?
残念なことに現行では私が、人を惑わす危険なまやかしでも言っているようなとらえ方しかなされていないと思うと残念です。

http://www.h3.dion.ne.jp/~tsutaya/

 

寒かった

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年11月16日(金)10時29分20秒
  昨日まで北海道でした。

この時期の北海道出張で困るのは衣類です。東京でコートを着たりすると
汗をかきますが、北海道でコートなしは厳しい。向こうに着いたときは
3度で、日によっては多少暖かいものの、ほぼ最高気温も10度以下でした。

まあ、屋内はこちらより暖かかったりするので、移動のために屋外に出て、
車に乗る時間だけ何とかなればいいかとも思いましたが、それも、すぐに
乗れるとは限りませんからねえ…。

荷物が多いため、コートを抱えていくのも嫌で、ジャケットをバッグに
突っこんでいきましたが、持っていって正解でした。
 

Re.思考の魔法

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年11月16日(金)10時18分25秒
  >近藤様

いつもご紹介ありがとうございます。
ことに今回は思わず頷く内容でした。

なかなかお伺いする余裕がなく、申し訳ありませんが、次回も期待して
おります。
 

Re.はじめまして。

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年11月16日(金)09時46分18秒
  >津多姫=^_^=☆ミ 様

はじめまして。ご投稿いただき本当に嬉しく思います。

私も上野八幡神社のサイトはたびたび拝見させていただいています。
実は、当サイト、特に祝詞のコンテンツの改装については、八幡神社の
サイトが大きな刺激になっています。本来、こちらからご挨拶に伺う
べきところですので、非常に恐縮です。

> 私の個人的な意見として、特に思うのですが、日本の伝統宗教の中で、
> その道を極められた緒先達の見出された行法なり、悟りは、現代に
> おいてもなお実行可能であり、かつ人間生活を送る上でとても有用な
> ものがたくさんあります。

まったくおっしゃる通りです。

私もどちらかというと実践より知識に偏る傾向があるので、偉そうな
ことは言えませんが、いくら頭で評価してみたところで、実践して
みなければわからないことというのはたくさんあります。

近代合理主義などというものは、所詮、現時点での自分の知識で
すべてを判断するという(つまり、自分が全知であるという誤った
前提に基づく)ものです。自分の枠に物事を当てはめて、当てはまらない
ものは受け入れないという、およそ理に合わない、見方を変えれば
本当に気の毒な人たちだと思っています。

ただ、難しいのは、こういったものの価値がわかるには、ある程度の
継続がなければならないというところで、結果をすぐに求めがちな
現代人は、どうしてもすぐに結果が出るもの(正確には出そうなもの)
を求めてしまう傾向があるように思います。

そういう新奇なものの中には、確かに早く結果が出るものもありますが、
結果が早く出るものは往々にして本当に本人の実力とはなっていない
ものです。結果として、いつの間にか元の木阿弥になってしまいます。
そのへんが、また、否定的な見解の原因ともなるわけで、非常に難しい
ところです。

> しかし、かなりそれらすばらしき英知をなおざりにして、いわばどうでも
> 良いようなものに執着しすぎてはいませんでしょうか?
> しかし、不必要な虚飾に惑わされること無く、光を当て、現代によみがえらせる
> 必要があると思います。

おっしゃるとおりです。先祖から受け継いだ宝石をないがしろにして、
ガラス玉を有り難がるようなことをすべきではありません。

ただ、私の立場としては、新しいものも有効に活用できるという側面も不可欠
ですので…

いずれにしても、どのような方向から進むのであれ、実践しなければわからない
ことですし、やってみれば、大なり小なり、自分の力を超えた力が働いている
ことを実感する体験があるものです。

明治以来の伝統なのか、どちらかというと踏み込んだ教化には及び腰な神社神道系
のサイトで、神道の伝統に則った積極的な活動をされている太田様には以前から
注目していました。

今後とも宜しくお願いいたします。
 

はじめまして。

 投稿者:津多姫=^_^=☆ミメール  投稿日:2007年11月14日(水)13時13分19秒
  管理人様、はじめまして。
私は、そちらでリンクしていただいている、ホームページ「美濃和紙の里 上野八幡神社」を管理している、美濃市上野の八幡神社宮司 太田伝也と申します。
ここのホームページにたびたび寄らせていただいておりますが、実にすばらしいホームページですね。
先生の諸宗教に対するご考察、実にもっともだと思います。
私の個人的な意見として、特に思うのですが、日本の伝統宗教の中で、その道を極められた緒先達の見出された行法なり、悟りは、現代においてもなお実行可能であり、かつ人間生活を送る上でとても有用なものがたくさんあります。

たとえば、祝詞ひとつをとっても、その声の実際の波動がどれほどまでも、人をあらゆる方面のおいて改善させるものだと気づかせていただきました。
しかし、いまだに虚報だとか、上人の戯言扱いをされている感は否めません。

しかし、かなりそれらすばらしき英知をなおざりにして、いわばどうでも良いようなものに執着しすぎてはいませんでしょうか?
しかし、不必要な虚飾に惑わされること無く、光を当て、現代によみがえらせる必要があると思います。

http://www.h3.dion.ne.jp/~tsutaya/

 

思考の魔法

 投稿者:近藤  投稿日:2007年11月11日(日)13時22分13秒
  ブログ更新のお知らせです。

「思考の魔法」を更新しました。
ご興味ある方は、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/?blog_id=2149915

 

撤回?

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年11月 6日(火)20時11分22秒
  続投濃厚だそうです。

とすると、総理になりたくないんだろうという私の推測は(現時点では)
外れたということになります。

これが自民党だったりしたら、もっとマスコミが大喜びで叩きまくった
でしょうけど、この扱いの差は露骨ですな。

が、ダメージは小さくないでしょう。

結局、国民が、自分の生活と国益は密接に結びついているということを
きちんと認識しない限り、政治がよくなることはありません。
 

小沢代表辞意表明

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年11月 5日(月)17時38分28秒
  政治についてはしばらく書かないつもりだったのですが…

このタイミングでの大連立といい、辞意表明といい、普通に考えれば
ありえない話です。これで体調の問題があれば、安倍さんと同じです。

私などから見ても、このままで行けば、余程のことがない限り衆院選も
民主党勝利で、政権交代がありうる流れでした。それで日本が落ち込んで、
自分たちの生活に影響が及んで、はじめて国民が気づくのではないかと
考えていたわけですが。

考えられるのは、やはり小沢氏は首相になる気がなかったのではないかと。
今は偏向マスコミが政権交代を望んで小沢氏のダーティな部分にほとんど
触れませんが、首相になったら、そうはいきません。特に、マスコミ様の
ご意向に沿わない政策を取らなければならなくなったとき、どういうことに
なるかと考えれば、自ら首相になるより、陰で政権をコントロールしようと
するほうがいいと考えるはずです。

ただ、今の流れの中で首相にならないようにするためには、他党の党首を
首相にするか、総選挙前に代表を降りるか、どちらかしかありません。
野党で政権を獲った場合、圧倒的に議席数が多い民主党の代表を差し置いて
少数政党の綿貫宮司や福島みずほに首相をやらせる名分はありません。
また、総理・代表を分けることも不可能ではありませんが、経世会政治の
復活を批判されるのは間違いありません。

一方で、民主党(及び野党)が政権を獲ったらどうなるかといえば、
その日が日本と民主党の終わりの始まりで、まともな政権運営などできる
はずがないことは明らかです。
最大の問題は年金ですが、この件で自民党を追い込んだ以上、自民党が
協力する可能性はありません。結果、長妻が議会制民主主義の戦犯として
認識されるようになるでしょう。

とすると、確かに、大連立で自民党総裁を総理に担ぎ、民主党の数の力を
背景にして政権をコントロールするか(自民党は当然、その話に乗るであろう)、
民主党内で自分が孤立した形を作って、実質的な党内からの不信任と称して
代表を降りるか、という方向に持っていくのは自然です。

そう考えれば、自衛隊のアフガン派遣云々の件も、その布石といえなくは
ありません。あそこで小沢批判が燃え上がらなかったことで、大連立の話にも
それほどの反発は起きないと考えた可能性もあります。

いずれにしても、身の処し方としては非常にうまい。

それにしてもひどい話で、インド洋での給油活動は、実はアメリカ軍に対する
よりも、ヨーロッパ諸国に対する給油のほうが重要だったようで、ここで
日本が抜けた間隙を中国に埋められたりしたら、大変なことになります。
テロ特措法については、民主党でも小沢以外は継続に前向きだったのに、
小沢が断固反対したために、民主党も反対で一本化したわけです。ところが、
このていたらく。今さら、民主党が継続賛成に転換できるかどうか。

結局、小沢の私利私欲のために自民党も民主党も振り回され、国益が損なわれ、
国民が犠牲になるわけです。ところが、犠牲になる国民の中に小沢に期待
している輩が多いのだから、どうしようもありません。

まあ、気の毒なのは、森田実とか平野貞夫とか、小沢首相誕生間近と鉦や太鼓で
大騒ぎしていた人たちでしょうな。自業自得とはいえ哀れです。同情しませんが。
 

Re.思考の奇蹟

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年11月 5日(月)17時36分32秒
  >近藤様

拝見しました。

いつもご紹介、ありがとうございます。
 

思考の奇蹟

 投稿者:近藤  投稿日:2007年11月 4日(日)02時25分14秒
  久しぶりにブログを更新しましたので、お知らせさせていただきます。

タイトルは「思考の奇蹟」です。
ご興味ある方は、ぜひご一読を^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/?blog_id=2149915

 

Re.新乗仏教のご案内

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年11月 1日(木)08時18分20秒
  議論を望んでおられるわけではないようですが…

正直言いまして、劣化したひろさちやというところでしょうか。

私も偉そうなことは言えませんが、宗教って、頭で考えることも必要だし、
頭で考えただけではダメでもありますが、どちらも不足しているのでは
ないかと思います。
 

新乗仏教のご案内

 投稿者:羽澄不一  投稿日:2007年10月30日(火)17時10分22秒
  通りすがりですが、書き込みをさせて頂きます。
新乗仏教とは心王の教えを説く新しい乗り物という意味。
その特徴は次の通りです。
①、何よりもまず、悟りを得る事を目的とする。
空の理論を学び、言動を適切に節制して、善行して生きる。
苦行する必要はないが、易行ではない。
私は小学校で人道主義、中学高校で、仏教の空観の授業をするようにしたい。
②、悟りを得るために必要な修行や戒律は実行し、そうではない修行や戒律は捨てる。
③、前世、来世を重視せず、この世で起きた事は、この世で決着をつける。
④、他人を主観的な民族・宗教・国家・政治主義といった立場からのみで見ず、「同じ人権を持った尊厳のある人間」という客観的な目からも見る。
⑤、他人から理不尽な仕打ちを受けたら、黙って泣き寝入りせずに戦う。
他人から不当に侮辱されたら、きちんと抗議する。
⑥、心王は別名九識(仏教では十識とか十一識とかを立てる説もあるが、きりがない。創価学会では確か九識を上限にしていたはずだ。だから学会を批判する私としては、取り敢えず仮に九識を最高真理として位置付ける事にする)などと呼ばれるが、厳密な意味からすれば、識ではない。超識である。
⑦、正念とは無ではない。
雑念に捉われず、正念相続すればよし。
⑧、寺院は要らない。
自分の心の中に、精神的な王国を建てよ。
⑨、専業僧侶も要らない。
在家主義。
⑩、葬式仏教を否定する。
葬式をしても、故人が成仏する保証はない。
僧侶は学校教師となって、授業で空観を教えよ。
⑪、題目、念仏、真言を唱え、印を結んでも悟れない。
ただし、精神集中したい時は、「南無般若波羅蜜(梵語を正確に調べてみたい。ナム・プラジュニャー・パーラミタだとすれば、「名無富良寿若薔薇蜜多」と当て字をしてもいい)」を唱える。
座禅をする事は否定しないが、バックパッキング旅行などの動禅を中心とする。
日常茶飯事の一挙手一投足が修行であり、道場である。
⑫、曼荼羅図や仏像などを拝まない。
⑬、犯罪をしない限り、自由に娯楽を楽しみ、職業選択も自由。
スポーツや文化活動をしてもよい。
適度な飲酒は禁止しない。
⑭、仏道とは現世利益や処せ術ではなく、悟りを得る事が目的である。
⑮、利他行為ではなく、自他共栄。
⑯、釈迦にも枝葉末節的な間違いはある。
仏教以外の知識も学ぶ。
万教同根。
⑰、仏教だけでは不十分。
人間個人は宗教や哲学による魂の救済とともに、社会制度の整備によって、救済されなければいけない。
仏教と現代人権意識の両立するところが、我々の目指す理想社会である。
⑱、仏教の基本は「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」である。
善人が報われ、悪人が罰せられる社会を目指す。
新乗仏教では、悪人は成道出来ない。
⑲、何事につけても、盲信は禁物。
何事も疑って、疑って、それでも疑いきれないものが、真理である。
⑳、托鉢や乞食をしない。
自給自足生活をするか、職業を持って生計を立てること(現在の私は日本人からひどい人種差別を受けているから、例外とする)。
(21)、拝金主義の禁止。
お金や地位、名誉よりも正義と真実、善行、良識を優先する。
賄賂(金品や異性)の提供は受けない。
(22)、自分に危害を加えない生き物、食用にしない生き物は殺さない。
例えば道を歩いていて、蟻を踏み潰す事はあっても、故意に蟻を殺す事はしない。
(23)、国家との癒着はせず、護国仏教を否定する。
政治は国民の衣食住など生活の面倒を見、宗教は国民の魂の救済をするという役割分担をする。
政治が腐敗したら、宗教が警鐘を鳴らす役目をする。
私は新乗仏教を国教化しない(ただし、国内の仏教各派を新乗仏教に統一する。私はこれまで国内外の諸宗教と論争して、全戦全勝なのだから、当然の権利だ)。
私が大統領就任中は、教祖に就任しない事にする。

新乗仏教に関心がある方は、世界名著刊行会(〒497-0004 愛知県七宝町桂下り戸1086-71)まで、ご連絡下さい。
 

亀田家

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月23日(火)23時03分16秒
  バッシングの嵐みたいですな。自業自得ですが。

といっても、亀田家については、もちろん悪いことは悪いのですが、それ
よりも哀れという感じがします。要は世間知らずなままに、悪いテレビ局に
踊らされただけでしょう。無論、踊らされること自体、愚かだからでは
ありますが。

亀田大毅にしても、まだ十代ですからねえ。周りが分別を教えなければ
ならないところを、分別のなさが売りの商品に仕立て上げられたのですから、
勘違いしていたとしても、本人ばかりを責めることはできません。

まあ、教訓としては、マスコミの甘言には気をつけろということでしょう。
いいときは利用し尽くして、問題が起こったら一切庇ってくれないわけです
から。

亀田家の最大の失敗は、そういう悪い人たちを迂闊に信じて、おだてられる
ままに踊ったことでしょう。
 

秋祭り(1)

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月19日(金)20時20分43秒
  恒例の写真報告です。今回は写真多めですが、コンパクトカメラなので、
夜の写真はあまりよくないのが残念です。

上から下へ1~6+おまけで。

はじめに祭の概要。

祭は10月15、16日の両日に渡って行われます。
15日早朝、神社で例祭が行われた後、神様を御輿にお遷しし、二日間かけて
氏子地区を巡り、御神楽をあげます。その神幸行列のお供として各町内から屋台
(だんじり)、御輿(みこし、太鼓台の一種で木製の大きな車を付ける)が
奉納されるのですが、その数八十余り、一つの神社としては全国最多と
いわれます。
 

秋祭り(2)

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月19日(金)20時17分55秒
  まず15日早朝。というか、夜中です。

神様の出御(宮出し)は午前6時。それを迎えるために各町内の屋台・御輿が
神社へ向かうのですが、数が多いため、早いところは午前0時に出発します。



神社へ向かう屋台。午前2時頃。



神社での奉納。神門の前で屋台を差し上げる。午前5時頃。



大鳥居にて一番神楽をあげた後、氏子地区へと出発する神輿。



宮出しの後は自由運行。「花集め」と称し、ご祝儀を集めてまわります。
自由運行とはいえ、屋台の数が多いので、街中を歩くとそここで出会います。



神輿は氏子地区を渡御しながら、各所で御神楽をあげます。

その後、神輿は御旅所に入り、一夜を過ごします。
 

秋祭り(3)

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月19日(金)20時14分30秒
  16日は屋台の統一運行が行われます。本来、屋台・御輿は神輿の渡御行列の
一部でしたが、数が増えたため、御旅所から御殿前(陣屋跡)までのみ同行し、
それ以後は別ルートを進みます。

御旅所へは、同じく早朝(夜中)に出発します。約80台の屋台が神輿に挨拶
(当然、担き方の巧さを競う)した後、所定の位置に据えるため、すべて
納まるまでに3~4時間かかります。



御旅所での屋台の奉納。神輿が安置された御仮屋の前での差し上げ。



同じく御仮屋前での差し上げ。



御旅所での御輿の奉納。大きな木製の車が付いているので、提灯を揺らしながら
走り込んでくる。
 

秋祭り(4)

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月19日(金)20時12分34秒
  午前5時、一番屋台が御殿前へと出発します。御殿前は江戸時代の陣屋跡で、
現在は高校になっていますが、当時の大手門が残っています。
江戸時代には、藩主自ら門前で神輿を迎え、一同が拝礼したことから「将棋
倒し」と形容されました(ただし、江戸定府であったため、藩主が国元にいる
ことは滅多になかったのですが)。



御殿前へと進む屋台の行列。



御殿前へ進む。左には奉納を終えた屋台が据えられている。



次々と大手門に進む屋台。



同じく大手門前での奉納。大手門までは堀の中の道を進むため、バランスを
崩すと大変なことになるが、そういうことにはならない。



屋台が奉納を終えると、御輿が走り込んでくる。



同じく御輿。車輪の直径は約2メートルあるので、動きも豪快。



大手門の前で4台の御輿が練る
 

秋祭り(5)

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月19日(金)20時09分52秒
  御殿前での奉納を終えると、市内中心部を巡った後、氏子東端の玉津地区へ
向かい、そこで神輿と落ち合った後、祭りのクライマックス「川入り」が
行われる加茂川へと向かいます。



市内中心部から東へ向かう屋台の行列(最後尾のあたり)。



玉津地区では、川の土手に屋台を整列させる。



土手に整列した屋台の前を進む。



川岸を進む屋台の行列。河口に近いため、満潮になると満々と水をたたえる。



刈り取りの終わった田圃の中を進む。宅地化が進んで、こういう風景も
珍しくなった。



同じく田圃の中の道で休憩中。
 

秋祭り(6)

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月19日(金)20時08分27秒
  この祭のクライマックスとされるのが16日夕刻の「川入り」。

加茂川東岸の氏子の屋台約70台が堤防上で見送る中、神輿は川を渡って
神社へと帰るのですが、それを加茂川西岸つまり神社のお膝元の氏子の
屋台11台が川へ入り、神輿が川を渡るのを止めようとします。

神輿が川を渡り終えると祭が終わってしまうため、少しでも長く留めよう
とするわけです。

今年は例年より時間が遅れ、日が落ちてからの川入となりました。



神輿を見送るため堤防上に並んだ屋台。



いよいよ川へ向かおうとする神輿。



川の中で神輿を止めようとする屋台。



暗くてよくわからないので、ちょっと加工。左から三番目の屋台の右側に
神輿の屋根が見えます。



川から上がった屋台。祭も終わりです。



堤防の上で見送る屋台。
 

秋祭り(おまけ)

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月19日(金)20時07分24秒
 

この人だかり、実は秋川雅史さんを見ようしている人たちです。祭を見に
来たのか、秋川さんを見に来たのか…。

うちの町内がすぐ近くに場所を取っていたのですが、まあ、すごい人垣で、
暗くなるまでなくなりませんでした。大したものです。

秋川さんの祭好きはすっかり有名みたいで(Wikipediaにも書いてある)、今年は
祭をしている秋川さんを見るために来た人もいたみたいです。もちろん、祭を見る
ついでに秋川さんを見ようという人たちもたくさんいたでしょうが。

本人は普通に祭をしていました(うちの田舎でいうところの普通=祭バカ)。
聞いたところでは、本人からプライベートでリラックスするために帰って
いるので、特別扱いはしないでほしいという申し出があったそうで、町内では
毎年と同じようにするということにしたそうです(ただし、あまりにギャラリーが
大変で、運行に支障を来したり、他の町内に迷惑をかける場合は秋川さん自身が
祭に出ないのではないか、と町の人が言っていたそうですが)。

とりあえず、今年は何事もなく終わりましたが、休憩時間の度にあれだけ人が
集まるというのは、本人も町内の人も大変だろうなと。
それで来年から祭ができないとかいうことになったら本当に気の毒ですな。

あと、彼の歌う伊勢音頭は有名だったのですが、今年は歌わなかったようです。
やはり仕事のためにセーブしていたらしいとのこと。そのかわり、うちの弟は、
彼が一升瓶でラッパ飲みしているところを見たそうです。

彼の地元での好感度はかなり高いです。同じ地元の真鍋かをりとはずいぶん
違います(彼女の場合は、ああ、そう、という感じ)。

それは当然、彼のキャラクターや「千の風」という要素もあるでしょうが、
何より祭を愛し、郷土に誇りを持っていることを常に語っているからではない
かと思います。そして、郷土愛こそ、祖国愛ひいては人類愛の原点では
ないかと思うわけです(その前に家族愛があるわけですが)。

郷土愛の欠落した祖国愛(愛国心)や人類愛など信用できないというより、
危険極まりないものです(祖国愛の欠落した人類愛も然り)。

それはともかく、秋川氏を秋川氏と認識して生で見たのが初めてだったので
初めて見たような気になっているのですが、彼は毎年祭をしているし、彼の
町内の屋台は毎年見ていますから(その上、彼は結構目立つ位置にいる)、
見てないはずがないのです。あるいは去年の伊勢神宮でも。

知らないというのは、存在しないということと変わるところがないという
ことですな。
 

Re.お祭り

 投稿者:こまいぬ  投稿日:2007年10月17日(水)07時38分9秒
  >アルカヘスト様

ありがとうございます。

好天に恵まれ、無事に終わりました。しかし、祭りの後の虚脱感と
いうのは何歳になっても変わらないものです。

帰京しましたら報告を書きます。
 

お祭り

 投稿者:アルカヘスト  投稿日:2007年10月16日(火)21時13分7秒
  年に一度のおまつりですね。
愛する場所の山や景色を見ると
いつも胸がいっぱいになりますね。
秋川氏が祭り大好きな人なのは伺って
ましたが、多忙でもしっかり帰郷なさって
いたんですね。本当だったんですね。
お帰りをお待ちしてます。
 

ミーハーですが

 投稿者:こまいぬ  投稿日:2007年10月15日(月)07時57分55秒
  生で秋川雅史氏を見ました。

今朝は、彼の町内の屋台がうちの町内のそばにいたので。
 

お祭り

 投稿者:こまいぬ  投稿日:2007年10月14日(日)20時32分4秒
  田舎に帰っています。

明日からお祭りです。
 

お断り

 投稿者:こまいぬ  投稿日:2007年10月14日(日)20時25分50秒
  10月12日の投稿、対話を目的としない一種の宣伝とみなし、削除
させていただきました。
 

秋祭り

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月 4日(木)23時24分22秒
  さて、田舎の秋祭りまであと十日となりました。有難いことに、今年も
無事に帰省できる予定です\(^0^)/

ありがたやありがたや。

…その前後が大変ですが…
 

美輪氏

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年10月 4日(木)22時13分27秒
  >みんみん様

お返事遅くなりました。すみません。

> 失礼しました、私は、この部分については、美輪氏について
> 申し上げておりました。舞台芸術についての、彼の感覚が好きなもので・・

納得しました。失礼しました。

舞台芸術に関して、私はよくわからないので、何とも言えませんが、
美輪氏の評価は非常に高いようですね。いかにも妥協がなさそうな
感じを受けますので、わかるような気がします。

> 分散配分(笑)のような形かもしれないですね。

素質と努力と感性≒好みが一致しないと後継者というのは難しい
でしょうからね…。

むしろ才能のある人は自分の感性を大切にするので、影響を受けても、
後継者という位置にはなかなか満足しないのではないかと思います。
実際、偉大な人物の後継者というのは総じて小ぶりになりますからねえ…

ただ、舞台芸術のみならず、さまざまなジャンルに氏の美学の影響を
受けている人はいるでしょうから、そういう人たちに「分割配分」
分割配分されているといえるかも知れませんね。

後継者といえば、そういう目で見れば、江原氏についても、美輪氏が
スピリチュアル方面の後継者として育てようとしているのかもしれませんね。
 

Re:江原&美輪氏

 投稿者:みんみん  投稿日:2007年 9月27日(木)22時56分21秒
  こまいぬ様

お返事をありがとうございます。

>ただ、昔、信頼できる筋から、良質な霊能者に太った人はいないと
聞いたことがあります…

あ~、少し納得します。彼の自伝によれば、
彼は一時期、食べるものにも事欠いた時があったそうで、
私が、美輪氏と一緒に出ていた昔の番組を見たときも、彼はとても
細かったです。

>> そして、いろいろな分野で、彼の後継者を育てていって欲しいです。
>これは正直、へえ~と思いました。私は、彼は後継者を育てないタイプ
と感じていましたので。もちろん、なんとなく、ですが。

失礼しました、私は、この部分については、美輪氏について
申し上げておりました。舞台芸術についての、彼の感覚が好きなもので・・
誤解される部分かな~と、心配しつつ送ったのですが、
私の書き方が悪かったですね。

美輪氏も、御歳70を越えているはずなので、そろそろ後継のことを
お考えなさっているとは思いますが、芸術に関しての彼の造詣が深すぎて、
ついてこれる人がいるのかどうか・・きっと
分散配分(笑)のような形かもしれないですね。
 

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