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『誤解された仏教』

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 1月 9日(水)17時01分27秒
  通報 編集済
  昨年末に出た秋月龍珉師の『誤解された仏教』(講談社学術文庫)を読み
始めたのですが、初っ端から躓きっぱなしで、なかなか前に進みません。

つっこみどころ満載。

まあ、もともと私などとは全く考え方の異なる立場なわけですが、逆に、
どういう根拠に基づいてそういう主張を展開しているのかを知ることも
勉強になるだろうと思って買ったのですが、いやはや、お話になりません。

なんといっても鈴木大拙師の高弟ですから、私などの理解が及ばないの
かもしれません。そもそも戒・定・慧の三学すべてに欠けている私など
が偉そうに言う筋合いではないはずなのですが…しかし、おかしい。

誤解された仏教=伝統的日本仏教を批判しているのですが、その批判の
主体たる龍珉師の仏教観じたいが曲解と恣意的な断定に満ち溢れている
のですから、どうしようもありません。

無論、本質的に間違っているかというと、そういうわけでもありあません。
主張している内容には、大いに賛同できるところも少なくありません。

つまり、龍珉師の仏教理解=龍仏教だというのであれば、それはそれで
見るべきものがあります。しかし、これこそが釈迦仏教とし、それに
基づいて他を批判・否定するなら、明らかに間違っています。

要は、自らの「覚」体験を絶対化し、対象をそのままに見るのではなく、
自らの価値観による恣意的な枠組みに当てはめて解釈したり批判したり
するという、きわめて独善的な議論の進め方をしていくわけです。

これでは、まともな議論になりません。

まあ、私など、こういう人を見ると、彼我の間に深い溝を感じずには
おられません。

たぶん、世間的には立派な人・すばらしい人だったのだろうと思います。
また、自身もそう生きようとしたのでしょう。

だからこそ、決定的に欠落している部分があるのだと思うわけです。
幸福なことと言うべきか、不幸なことと言うべきか。
 
 
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