teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:239/402 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

Re.祝詞

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2007年11月19日(月)17時18分20秒
  通報
  >津多姫=^_^=☆ミ様

狛犬七対はすごいですね。確かに三対、四対くらいは時々ありますし、
大きい神社だと摂末社も含めてそれなりの数になったりしますが、それ
にしても珍しいことだと思います。大切にしてこられたのでしょうね。

おっしゃる内容は一々もっともなことで、私なども常々、神社神道の
現状、及び将来に対して危惧しているところです。

言うまでもなく、明治の神仏分離、及び神道の国家管理によって、神道は
宗教ではないという方針から、神社神道から霊的側面が排除され、その
宗教性が著しく弱められて、未だ回復していない、あるいは、その必要さえ
外から見れば、どれほど感じておられるのかよくわからない状態です。

無論、祭祀の厳修ということも重要な要素ですし、そこにも霊的な意義が
あることは確かだと思いますが、しかし、そのままでは文化財・美術品と
して鑑賞の対象になっている仏像などと同様になってしまうのではないか、
と思うわけです。

鎮守の森や自然との共生も大切なことですが、しかし、宗教というのは
もっと人間の生に密着したドロドロとしたものを生命力として、目に目ない
世界と我々を繋ぐところがもっとも重要ではないかと思います。

また現代は、科学や理性を万能とする価値観が限界を迎え、それを超えた
世界を求める人が増えているようです。今後、ますますその傾向は強く
なるでしょう。

そういう時代に、近代的価値観を土台とする神社神道が対応できるのか。
まして、国境の壁が低くなり、人の移動が激しくなるであろうこれからの
社会状況を考えると、神社の存立基盤自体、極めて厳しくなると思われます。

そこで活路を開く可能性があるのが、祝詞をはじめとする神道が伝承し、
蓄積してきた修行や修法の再興であろうと思うのです(ひいては、そこから
神道の精神の再興)。これは、一般人にも伝授可能ですし、言語を問題に
しなければ、民族・人種も関係ありません。また、時代を超えて通じるもの
でもあります。

日本の新宗教の中には、世界的に進出しているものも少なくありませんが、
その中には明治に神社神道から切り捨てられた要素を応用している部分が
少なくありません。そもそも、一部の例外を除く新宗教の大半が神仏習合的
傾向を持っていることからもわかるとおり、神仏分離で排除された要素が
新宗教となって生き残っているという言い方さえ可能だと思います。

このような観点から、祝詞の普及という太田様の活動は、きわめて大きな
意義があると思うわけです。特に、正当な神社神道の世界の中でされている
というところが、重要な意味をもっていると思います。
 
 
》記事一覧表示

新着順:239/402 《前のページ | 次のページ》
/402