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宗教団体のない信仰(案)

 投稿者:ぶっぽうそう  投稿日:2007年 9月 3日(月)20時24分19秒
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  朝、気持ちがいい。否、気持ち良くない。でも自分の信じる神仏に手を合わせる、太陽でもいい。あー生かされているんだな。感謝しょうじゃないか。
家庭、学校、職場、社会で十善戒を守る生活をしてみる。善を行えば、善が返って来る。善因善果、悪因悪果の世の中・・・・

苦しいことがあって当たり前、諸行無常の世の中だ。いつも良い事ばかりじゃない。悪い事もある。でもこの悪い事・・・良いことの前兆かもしれない。

宗教団体なんて昔のことよ。金儲けの団体は要らない。金は困ってるところに寄付してくれるとありがたいんだけども。

集会は公会堂、公民館ですればいい。愚痴、不平、不満より喜びの話が響きがいい。類は友を呼ぶから、喜んでるところにはそういう人たちが集まる。

死、病気、リストラ、借金、人間関係の悩み・・・これは生老病死だと言ってる。生きるこちは苦しいのだ。「今」この時をいかに生きるか。乗り越えるか。

そして「今日」という日が終わる。朝の来ぬ夜はなし。感謝して自分の大好きな者(神仏)に心を委ねて眠りましょう。

こまいぬさま、コメント久しぶりにありがとうございました。ざっと「あるべき理想論としての信仰生活」を書いてみました。ご批評お待ちしてます。

誤って最初投稿したかもしれません。ごめんなさい。ではまた・・・
 
 
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