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幸福実現党の人たちを分析すると

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2009年 8月14日(金)14時36分31秒
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  それにしても、チャンネル桜の討論はいろいろな意味で
非常におもしろかったのですが、私としては、教団の
幹部がいろいろなスタンスでいることが如実に表れて
いるのがおもしろかったです。

また、そのスタンスには類型があり、それは教団の違いに
関係がないことも確認できて興味深いものでした。

幹事長の小林氏については、先にも書いたとおり、
オウムの上祐氏とキャラクターがかぶります。まず間違い
なく自分の頭のよさに酔っているタイプで、この人自身が
意識しているかどうかはともかく、教祖よりも自分のほうが
頭がいいと思っていると思われます(そして、実際に
この人のほうが頭がいいでしょう)。霊的な力に対して
信じているかも知れませんが、いずれにしても人間としての
教祖に対して内心では軽んじていて、でも表面的にはきちんと
崇めたてまつり、うまく泳いでいるタイプでしょう。要領が
よく、しかし徳のないタイプです。あまり人望はないと思います。

広報本部長の饗庭氏は、よくわけがわかっていないタイプと
思われます。知識はあっても見識がないというか。
中身はないのですが、その分、上に逆らうこともないので
出世していきます。性格がよく(アクがなく)、お勉強ができ
(つまり優等生タイプ)、世間の風に当たることなく教団内部
に入った人によく見られます。
上には忠実ですが、自分から何かを打ち出すことのできない
タイプです。上の者には便利。

報道局長の里村氏は、一番の常識人です。彼は、幸福の科学の
教えや大川氏について、そのまま世間に受け入れられるものでは
ないことをはっきり自覚しています。また、本音の部分で、
教義や大川氏のことについて、基本的には受け入れている
でしょうが、完全に納得しているというわけでもなさそうです。
ただ、一方で、自分の知識や理性だけでは判断は下せないという
価値観があって、一応、信じる側に身を置いているということ
ではないかと思います。

幸福の科学の教えというのは、「科学」とは銘打っていますが、
科学と信仰を峻別する反証可能性がありませんから、やはり
信仰なのです。つまり信じるか信じないかであって、客観的に
証明することは不可能だからです。

何かスパークするものがあって、その故にその他の教えも
信じることを選択しているというようなところではないかと
思います。たぶん、それは宗教的な側面ではなく、政治的な
側面だろうと思われます。それ以外の面については、深く
考えないようにしている可能性が高いでしょう。

幸福の科学学園理事長の泉氏は、盲信の典型です。東大法学部卒
ですから、学校のお勉強はできたはずですが、複眼的な思考
というものがまるっきりできない。ために自分を客観的に見る
こともできない。
自分の中に柱を打ち立てるのではなく、外部に真理とか何とか
不動の価値観を求める、典型的な「信じるものは救われない」
カルトの信者です。
自分がないために、自分の根拠を教団の教義や教祖に求め、
それを絶対化することによって自分の安心を得ようという
基本的な欲求があります。

ビートたけしの『教祖誕生』に出てくる駒村(玉置浩二)の
タイプ。オウムがうまかったのは、このタイプの幹部を
マスコミの前に出さなかったことだと思います。

特にこの人のようにお勉強ができるタイプの場合は、自分たちの
信じる教えや価値観などを補強するために、外部のいろいろな
知識などを我田引水的に持ってきたり、しばしば独自の理論を
構築したりします。統一教会にはそういう人がたくさんいました。

往々にして熱心な信仰者と見られますが、実際には、教祖や
教団、教義を絶対化することに熱心な分、自分自身の信仰の
内実を高めることがお留守になるため、案外信仰な中身が
ないものです。この点、饗庭氏タイプのほうが、わけがわかって
いないぶん、きちんと実践していたりします。

というように私には見えます。
 
 
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