teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:50/402 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

幸福の科学

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2009年 8月13日(木)12時52分13秒
  通報
  チャンネル桜での討論を見て思ったのですが、どうして私が
幸福の科学に対して非常に不愉快なのかというと、要は依って
立つ基盤が非常に似ているからということが極めて大きな要因
だろうと。

幸福の科学の教えというのは、日本の神道系・諸教系さらに一部の
仏教系新宗教と同じく、伝統的な神仏習合を基盤とする日本の
大衆的宗教観念を基礎とし、初期幸福の科学の実質的な創始者である
善川三郎氏(大川隆法氏の父親)を通じて入り込んでいるGLA
(特に世界観・歴史観においてはGLAとその元になっている神智学
協会の影響が極めて大きいことはいうまでもありません)とたぶん
わずかに生長の家の上に仏教と成功哲学を継ぎ足したようなものです。

それに対して私はというと、同じく伝統的な日本の大衆的宗教観念
の上に生長の家、さらに大本など、わずかながらGLAなどの
影響を受け、その上で仏教や成功哲学の方面に向かっています。
(その間には統一教会などがありますが、思想的にはほとんど影響を
受けていませんので…思考的には影響されているかも知れませんが)

ただ、大きく違う点を上げれば、GLAを通じて流入している神智学系
の歴史観です。これは私がまったく受け入れたことのないものですので。

ですから、幸福の科学で言っていることの部分部分を見た場合、結構
同意する箇所は結構あるのですが、その解釈や、それらの総体としての
教え全体を見た場合、まったく受け入れがたいものになってしまいます。

そもそも神智学系の世界観・歴史観と正統仏教というのは絶対に
相容れないものなので、大川隆法氏を仏陀の再誕、エル・カンターレの
降臨とする時点で、いくら仏教の教理を持ってきても、木に竹を継いだ
ようなものにしかならないんですよね。

でもって、さらに私が嫌で嫌でたまらないのは、彼らの考え方というのは、
私たちのような基盤を持つ人間が陥りがちな誤解やら間違いやらに
ほぼ悉く陥って、しかもそれが正しいと思っているところです。

陥っていること自体が問題ということもありますが、それ以上に嫌なのは、
それを指摘しても絶対に改められないだろうことがわかっていることです。

なぜならば、そこを認めると、大川隆法氏の位置づけが根拠をなくして
しまうためです。大川隆法氏がエル・カンターレだなどという世迷い言を
教団の根幹に置く限り、それを認めることはできないという、ある意味
では非常に気の毒な立場でもあります。

そこに違和感を感じず、熱心にできるような人たちというのは、私から
見るとある地点で思考をストップさせているわけで、話せばドッと
疲れる人たちであろうことは間違いありません。自分たちは理性的だと
思っているだけに。

それが、依って立つ基盤が共通しており、一見似たところも多いだけに、
余計にむかついてくるんだろうと思うわけです。
 
 
》記事一覧表示

新着順:50/402 《前のページ | 次のページ》
/402