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対話のあり方

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 4月28日(月)22時31分44秒
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  青山学院大学の准教授の問題発言の騒動、謝罪して終わったのかと
思っていたら、まだ続いているようです。

「光市事件の死者は1.5人」 問題発言准教授を青学が処分へ

殊勝なお詫びの文を書いたところまでは見ていましたが、その後の
釈明が逆効果になったようです。やはり非常識なだけだったのか。

さて、この騒動を見て改めて思ったのは、今の日本では、お互いを
高めることを目的とした対話をすることが難しいということです。

これは私自身も反省すべきことですが、現実生活であれ、ネット上
であれ、自分のいいたいことを言いっぱなしであったり、あるいは
相手をやりこめるためだけの議論であったり、あるいは同じ考え方
の人同士で自己満足的な対話をすることが多く、異なる考え方の
持ち主から刺激を受けたり、啓発されたりするような議論・対話は
あまりないように思います(2ちゃんねるの出現以降、そういう
傾向が強くなったように感じます)。

思うに、言論の封殺というのは、そういう価値観をこの世から消滅
させることではなく、潜伏させるだけのことです。納得しなければ
より巧妙に形を変えて活動しますから、かえって望ましくない状態
を作り出すことになるわけです。

また、私たちが生きていく上で「当然」とされていることも、よく
考えてみれば怪しいことがたくさんあります。盗人にも三分の理と
言われるように、常識から考えて「悪」とされることにも、認める
べき言い分があるものです。

そういう反省に基づけば、言語道断というようなことでも、一応、
耳を傾けるべきですし、それを「ダメなものはダメ」などという
知的怠慢なやり方で抑えつけたところで、本当の解決にはなりま
せん(時と場合によっては、「ダメなものはダメ」とまずストップ
をかけることも必要でしょうが)。

私が最初、問題の准教授に多少期待したのは、今回の判決に批判
的な人も賛同的な人も、一様に人道主義的な装いを全面に立てて
いたのに対し、件の准教授はそういう虚飾を排し、極めて挑発的
な言葉を使っていたので(しかも、自分の社会的立場を隠さずに)、
どういう影響が生じるかを自覚した上での挑発かもしれないと
思ったからです(もちろん、単に非常識なだけという可能性が
高いとは思っていましたが…大阪府知事への批評など、エスプリ
もユーモアも感じられませんでしたから)。

まあ、こういう気の毒な方はともかくとして、真摯に考えた内容
であれば、常識に反したり、自分の価値観では認めがたい発言に
対しても、誠実で気持ちよい対話ができるようになればいいのに
と思うわけです。もちろん、互いに誠実であることが必要不可欠
の条件になりますが。
 
 
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