teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


それに意味があるのか?

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年10月 4日(土)10時43分54秒
  私自身は、生まれてこの方たばこを吸ったことはありませんので、
たばこが何円になろうとまったく縁のないことではあるのですが、
こういうのを見ると、どうかね…と思います。

たばこ1000円、死亡6万人減=500円でも禁煙支援で同等効果-厚労省研究班

死者が減ると言ったところで、およそ人間は必ず死ぬわけですから、
死なないであろう6万人も、別の死因で必ず死ぬわけです。

無論、研究班だって、死なないといっているわけではなく、早死に
しない、寿命が延びるという意味で言っているのでしょうが。
でも、寿命が延びるって、無条件にいいことなんでしょうかね?
これからさらに少子高齢化が進むと、長生きをすることって、
なかなか辛いことになりそうな気がするのですが。

といっても、早死にすることがいいということでもないわけで、
となると、寿命の長短よりも生きている間が健康だということの
ほうが重要であろうと思うわけです。

国家予算に占める医療費の割合の大きさは一目瞭然ですが、その背景
として、日本は世界一長寿といいながら、同時に病人の割合も非常に
高いのだそうです。私自身はデータにあたってないので、はっきり
したことは言えませんが、知人が調べたところによるとそうなのだ
そうです。

たばこの害だって、そういう点から考えるべきであって、何人死者が
減るなどというより、病人(例えば肺ガンだとか何だとか)が減る
ということから、医療費がどの程度減って国家予算に寄与するとか
いうことを発表してもらいたいものですが。

とはいえ、医療費=厚労省の予算で、官僚の権益と直結する問題
でしょうから、そういう形の発表はしないでしょうね。
 
 

お知らせ

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年10月 4日(土)10時42分51秒
  2008年10月 3日(金)21時22分7秒の投稿は単なる宣伝と判断し、
削除させていただきました。
 

小泉元首相の後継

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 9月30日(火)22時08分46秒
  件の主婦の方々と話していたとき、小泉さんが後継者に次男を指名したことに
ついて、結局凡人だった(とテレビで言っている)という話題になったので、
私は、あれは小泉さんが凡人だということではなく、本当の変人である証拠だと
力説しました。どれぐらい納得してもらえたかわかりませんが。

というのは、世間一般で考える変人というのは、世間の価値観の反対を行く人
であって、いわば世間に対する反世間という人たちのことです。

しかし、私に言わせれば、そういう人は本当の変人ではありません。というのは
この人たちの価値観というのは、世間と違うようで、実は同じ構造の裏返しに
しか過ぎないからです。そのため、行動基準も想像の範疇に収まってしまいます。

本当の変人というのは、世間とも反世間とも違う、いわば非世間の存在です。
そして、小泉氏はここに含まれるわけです。

例えば、反世間の人というのは、親が経済学部に行けといえば、親に反発するだけ
のために、自分の適性や志向を無視して経済学部以外の学部に進学しようとする
子どものようなものといえます。常に世間とは別のことをしようとするわけです。

そういう観点から見ると、自分の子どもを後継者にするというのはどっぷりと世間
並みであって、変人ならば自分の子どもを後継者にするべきではないということに
なります(たとえ後継者にしたいと思っていても)。

ところが、そこで自分の子どもを後継者にしないという行動をとったとすると(特に
変人だからしないという場合には)、それは多分に世間の目を意識した行動という
ことになります。変人としての行動が、世間の目によって規定されるわけです。
言い換えれば、世間が変人という存在に対してもつイメージに対して応えた行動を
とっているということになります。

これでは本当の変人とはいえません。少なくとも、私は変人だとは思いません。
単なる天の邪鬼、どころか、天の邪鬼ぶった(変人ぶった)凡人です。

これに対して、小泉氏が我が子を後継者にしたというのは、まったく世間の価値観に
基づく期待に頓着していない行動です。また、それについて一切説明も言い訳も
していません。これは世間の価値観に基づいた反世間的行動ではなく、別の価値観に
基づいていることを示しています。世間の期待に応えるために変人を演じていると
いうわけではないということです。

ここが本当の変人たる所以であると私は考えるわけです。
 

舌禍

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 9月30日(火)13時44分53秒
  中山「前」国交大臣の舌禍なるものですが、今までの舌禍事件と違うように
思うのは、マスコミでの報道の雰囲気と、少なくとも私の周囲での雰囲気が
明らかに異なることです。

昨日も、何人かの主婦の人(50代ぐらい)と話していたのですが、彼女たちの
意見は「みんな思っていることじゃないの?」と、あっさりしたものでした。

まあ、現時点での世間の風潮としては、まだマスコミの煽りに乗っている人が多い
んだろうとは思うのですが、一方で、着実にマスコミに乗らない人たちが増えて
いるのも間違いないように思います。

日教組に関しては、半月ほど前、5,60代のおじさん数人と話したとき、たまたま
その話題になったのですが、自分たちの子どもの体験を通して、相当厳しい評価
をしていました。私なんかは日教組の先生がほとんど存在しない環境で育った
ものですから、その実体というのをよく知りませんでしたが、ひどいものですな。
まあ、広島に娘が嫁いだ伯母から、どれほど酷いかという話しの一端は聞いて
いましたが。

そういう意味では、日教組の先生の自己評価は別として、私なんかが思っている
以上に、日教組に対する親の目って厳しいんだなあと思いました。まあ、授業も
せずに職員室でストの打合せをしていたなどという話を聞いて、いい先生だと
評価する親など、よほど特殊な思想をもった人以外はいないと思いますが。

そういうことを考えると、単一民族云々はともかくとして、よく言ったと思って
いる人は意外に多いのではないかという気がします。

それはともかく、こういうことが続いて、マスコミと国民が乖離していくことは
非常に結構なことだと私は思うわけです。このことに危機感を持っているメディア
関係者って、どのくらいいるんでしょうかね。
 

ゾーン(リアルとの一体化)

 投稿者:近藤  投稿日:2008年 9月28日(日)09時27分58秒
  ブログ更新のお知らせです。

「ゾーン(リアルとの一体化)」

を更新しました。
ご興味あれば、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/

 

小泉氏政界引退

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 9月26日(金)23時51分50秒
  小泉元首相が政界を引退するそうです。

八割方そうするだろうと思っていたので、特に驚きはないというか、
意外というほうが意外。

誤解を恐れずに乱暴な言い方をすれば、政治家あるいは首相として
政治をしたのではなく、純粋に首相として首相をしたのだと思われます。

普通、首相に限らず、何かになるというのは、何か目的があってのこと
です。自分の理念を実現するためであったり、あるいは名誉や利権を
得るためであったり、目的はさまざまですが。

ところが、たまにそういう価値観とは別種の価値観を持ち、しかも周囲の
価値観に合わさず自分の道を突き進む人が出てきます。そうすると日本人の
習性で、まずは何とか自分たちの価値観に同調させようとし、それが駄目だと
徹底的に潰そうとします。ところが、それでも駄目だと見て見ぬふりをする、
場合によっては媚びへつらうようになります。ただ、そこまで耐えられる
人は滅多にいないのですが。

小泉氏はそういう例で、しかも政界でそれをやった稀少な存在だと私は
考えるわけです。

こういう人物を見る場合、自分の思考の枠組みで理解しようとするのではなく、
理解できない部分に注目して価値観の枠組みを推測する必要があります。

そういう目で見ると、小泉氏は首相として何かをしようとしたのではなく、
もっともうまく首相をすること自体に目的を置いていたと考えられるわけです。

それともう一つは、まず間違いなく小泉氏は、言わばこの世界の隠された
法則(それは一般常識とは異なる)をかなり的確に理解しているという点を
指摘する必要があります。それが勝負師などと言われる所以ですが、特に
マスコミの人間などには理解しがたい世界です。そのため、マスコミの
人間は小泉氏の行動が予測できないのだと思われます。首相の任期延長説や
再登板説などがその典型。

小泉氏がこの世の隠された法則を理解している一つの傍証として、あまり
注目されていないようですが、公的な場で一切他人を悪し様に言っていない
ことが指摘できます。これは簡単なようで非常に難しいことなのですが、
ふざけたような言葉で煙に巻きながらも、絶対に悪口は言っていません。
なぜこの点があまり注目されていないのか、私としては非常に不思議です。
 

リアルと思考の関係

 投稿者:近藤  投稿日:2008年 9月21日(日)00時04分31秒
  ブログ更新のお知らせです。

「リアルと思考の関係」

を更新しました。
ご興味あれば、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/

 

自業自得

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 9月18日(木)23時11分33秒
  金総書記三男も健康悪化か=長男、次男にも疾患-韓国通信社

人民の悲惨な生活の上に贅沢な生活を送っている報いでしょうが、
揃って長生きは難しそうです。

贅沢三昧のために支配者一家が病気になって全滅なんて、あまりにも
愚かしく哀れで滑稽です。
 

リアル(完全と変化)

 投稿者:近藤  投稿日:2008年 9月15日(月)08時37分30秒
  ブログ更新のお知らせです。

「リアル(完全と変化)」

を更新しました。
ご興味あれば、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/

 

「気づき」と「無」

 投稿者:近藤  投稿日:2008年 9月11日(木)19時33分21秒
  ブログ更新のお知らせです。

「気づきと無」

を更新しました。
ご興味あれば、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/

 

なんというか…

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 9月 2日(火)00時04分0秒
  これで民主党主導の政権ができたら、ついに日本も沈没しかねませんが、
でも、そうでもならないと、いつまでも変わらないでしょうからねえ。

政権を獲るための、反対のための反対の政策しかない政党が政権を獲って
何ができるかなど、考えなくてもわかりそうなものですが。
 

ディスプレイ

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 8月27日(水)22時42分42秒
  パソコンのディスプレイを買い換えました。

今まで使っていたのは、15インチの液晶ディスプレイ。三菱のマルチメディア・
ディスプレイで、2000年当時、10万ちょっとしたものです。値段が値段でしたし、
問題なく使えていたので今まで来たのですが、さすがに画面が小さいことに
不便を感じるようになり、まだ使えるとは思いつつ、買い換えることにしました。

で、新しいのは22インチワイド。大きいです。

作業領域の広いのがありがたいですが、それ以上に、壁紙に設定した祭の写真から
受ける臨場感に感動。考えてみれば、自分の写真をこんなサイズで見たことって
未だかつてなかったんですな。

というわけで、パソコンの画面を見ては癒されています。
 

帰宅

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 8月27日(水)01時37分0秒
  昨夜、北海道から帰ってきました。

北海道ではずっと気温が低くて、最高気温が16度とか、最低気温が
10度を切るとか、涼しいというより少々肌寒いぐらいの気功でした。

これで東京に帰ったら30数度とかいうことになったら身体がもたない
のではないかと心配していたのですが、ありがたいことに東京も
涼しくて、ほっとしました。

それでも、昨夜、北海道を飛び立つときは14度、羽田に着いたら24度。
涼しいというより暖かいという感じでした。
 

別世界

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 8月20日(水)09時50分38秒
  日曜日から出張で北海道。現在、気温は20度ほどです。
本当に別世界で、毎晩、久しぶりに熟睡しています。
 

帰省

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 8月 9日(土)23時36分32秒
  木曜日の朝には帰宅していたのですが、それからも仕事などで
バタバタしていました。

田舎では、実家のことというと墓掃除を手伝ったくらいで、
あとは御朱印拝受。といっても、今回は滞在期間が短かった
のですが。

今回の主目的は伊豫神社の御朱印。延喜式の名神大社ですが、
現在は兼務社。ということで、本務社の伊豫稲荷神社にて拝受。
これで旧伊予国の名神大社七社の御朱印が集まりました。


伊豫神社

社殿はずいぶん傷んでいます。氏子が少ないので維持管理が大変
なのだそうです。この神社、旧社格は県社ですが、内務省から
国幣社昇格の打診を受けたことがあったそうです。しかし、その
ための境内整備をする資金が集まらないとのことで廃議になった
とのこと。

今回参拝した中で一番大きな神社は宇和島市の和霊神社。
旧県社、現在は神社本庁の別表神社。


和霊神社

しかし、一番インパクトが強かったのは、和霊神社のそばにある
多賀神社と付属施設の凸凹神堂でした。


凸凹神堂


境内

小学生の頃、初めて宇和島に行ったときに、子どもは入れないから
ということで、私と妹だけが和霊神社の境内で待たされた記憶が
あります。

行きの電車の中で外国人の一行と一緒になったのですが、和霊神社を
参拝して多賀神社に行くと、ちょうどご一行様が見終わって外に
出てきたところでした。海外にも知られているとは聞いていましたが、
わざわざ訪ねてくる人たちがいるほどだというのを目の当たりにして、
改めて感心した次第。
 

人を不幸にさせるモノ

 投稿者:近藤  投稿日:2008年 8月 3日(日)13時01分21秒
  ブログ更新のお知らせです。

「人を不幸にさせるモノ」

を更新しました。
ご興味あれば、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/

 

もう八月

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 8月 3日(日)01時00分9秒
  しばらく掲示板を放置した状態になっていますが、これは
空いた時間をサイトのほうの手直しに費やしているためです。

なにしろ、よくわからないままにCSSなど使ったものですから、
言ってみれば建て増しを重ねたバラックのような状態で、
しかもページ数がかなり多くなっているために、修正するのも
非常に時間と手間がかかるのです。
とはいえ、ここでやらなければ、ますます大変になるだけです
から、しかたがありません。

世間には福田媚中内閣…というか、あの人物は日本の首相では
なく中華人民共和国日本省長(もしくは総督)じゃなかろうかと
思うのですが、まあ、媚中派亡国内閣の組閣とか、文鮮明氏の
ヘリコプター事故とか、多発する通り魔事件とか、いろいろ
書きたい出来事が起こっているのですが。

とはいえ、要は表面的な世間の動きに惑わされないよう、貞正を
保っておくのが肝要ということに尽きるでしょう。

今年は、盆明けに出張が控えていますので、早めの夏休みをもらい、
明日から田舎に帰ります。というわけで、さらに今しばらく放置
状態が続きます。ご容赦。
 

ありがとうございました

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 7月24日(木)07時57分20秒
  >かぐら様

わざわざご連絡、ありがとうございました。

> 私も独自ドメイン取得してありますが、移転するかどうか検討中です。

移転してわかったのですが、来訪者が激減します。もちろん、それぞれの
事情によって違いはあるでしょうが、当サイトの場合、旧サイトが閉鎖に
なって(契約の関係で)、新サイトへの誘導ができなくなった時点で、
来訪者が半分近くに落ち込みました(涙)。

私が把握し切れていない各コンテンツへのリンクや、管理放棄されている
古いサイトからのリンクが切れたことにより、検索エンジン、特にgoogle
での評価が下がったことが原因ではないかと思います(Yahoo!はそれほど
でもないのですが、googleからの来訪者は半分以下になりました)。

さすがにどうするか考えましたが、あれこれ手だてを考えるより、サイトを
充実させるのが本筋だろうということで、自分に発破をかけているところです。
 

リンク張替完了です

 投稿者:かぐら  投稿日:2008年 7月23日(水)16時39分39秒
  リンク張替完了しました。
気がつくのが遅くなってすみません。
私も独自ドメイン取得してありますが、移転するかどうか検討中です。
無料ブログだと、限界があってサイトにしたいなーって思っています。
でも移転よりも新しく作ったほうが早いような気がして・・・何もしていなかったり(笑)
ではまた。
 

思考は神の力

 投稿者:近藤  投稿日:2008年 7月19日(土)17時50分11秒
  ブログ更新のお知らせです。

「思考は神の力」

を更新しました。
ご興味あれば、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/

 

孤独感はあっても、孤独は存在しない

 投稿者:近藤  投稿日:2008年 7月12日(土)12時57分53秒
編集済
  ブログ更新のお知らせです。

「孤独感はあっても、孤独は存在しない」

を更新しました。
ご興味あれば、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/

 

それにしても

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 7月12日(土)00時57分1秒
  何ですか、日本では他国の独裁者や独裁政権の利益を代弁して、
そのおこぼれに与る人をリベラルというんですかね。普通は
売国奴というんだと思うんですが。
 

人を信じる

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 7月12日(土)00時39分29秒
  >荻野様

いつも(私にとっては)興味深い質問をありがとうございます。
「単純な」とおっしゃいますが、非常に刺激になります。

>  鰯の頭を信じても、山頂にたどりつける(つまり、悟りですか?)のなら、
> 神仏以外のものを信じてもたどりつけますか。例えば『走れメロス』みたいに
> 人を信じる、といったことです。この場合は「信仰」にはなりませんけど。そ
> れともやはり対象が「神仏」である必要があるのでしょうか。

まず、「神仏」というのは、人間の力や知識を超えた何ものか、いわゆる
「サムシンググレート」であって、ダルマ(法)あるいは大宇宙の摂理と
いってもよいということを踏まえた上で、考えてみたいと思います。

そうすると、この世に存在するあらゆるものは「サムシンググレート」の
顕現ということになりますから、どこからでもたどり着くことは可能だと
考えられます。

そういう意味では、人を信じるというところからでも可能であることは
当然です。ただし、そこまで人を信じられるかということが大問題ですが。

私は、単に一般的な「その人を信じる」というレベルでは、本当に人を
信じることはできない、と私は考えます。というより「神仏」すなわち
「サムシンググレート」を信じずして、本当に人を信じることができる
とすれば、私にとっては驚くべきことです。

人間というのは、弱いばかりでなく、不完全な存在です。裏切るつもりは
なくとも裏切らざるを得ないこともあれば、結果として裏切ったことになる
ことだって少なくありません。

『走れメロス』は物語ですから、メロスは無事に間に合い、お互いに一発
殴り合って(メロスは裏切ろうとしたことを、セリヌンティウスは不信を
起こしたことを告白して)めでたく大団円を迎えるわけですが、最近、
私はこれに疑問を抱いています。

この物語では、セリヌンティウスはメロスが必ず三日後に帰ってきて、
自分は死刑にならずに済むということを信じて身代わりを引き受けることに
なっているわけですが、そんな甘い覚悟で引き受けられるものでしょうか。
まあ、世の中にはそういう甘い覚悟で引き受けて、裏切られたと悔やむ人が
たくさんいるわけですから、セリヌンティウスだって、そうだったかも
しれませんが…(疑いの心が起こったぐらいですから)。

たとえメロスが絶対に約束を守りきるつもりで、一度たりとも心変わりを
しなかったとしても、実際には何が起こるかわかりません。メロスは
山賊に殺され、セリヌンティウスはディオニス王に殺されるという結果に
なる可能性だって少なからずあるわけです。

もし、そうなったとき、セリヌンティウスがどう考えるかが問題です。

何しろ、セリヌンティウスにはまったく事情がわからないわけですから、
メロスが間に合わなかったということだけが事実として存在することに
なります。それに対してメロスが裏切ったと考えるか(メロスが帰って
来るということが絶対的な基準であれば、事実として明らかにメロスは
裏切ったことになります)、それでもメロスを信じて逍遙と死刑に処
されるか。

ここにおいて、同じ言葉であっても、質はまったく違う「人を信じる」
ということがあることが明確になります。

前者のように「メロスという人間が期待通りの結果をもたらすこと」を
信じるという意味で「人を信じる」のであれば、それ以上のレベルに
行くことはないでしょう。しかし、後者のように結果の如何を問わず、
自分が死刑になっても信じるというのであれば、それは宗教的な、
いわば悟りの境地と同様だと言いうると思います。というか、ある程度
そういう境地でなければ、それはできないでしょう。

ですから、まあ、私としては、セリヌンティウスに、引き受ける時点で
身代わりに死ぬ覚悟ぐらいしておけと言いたいところです。というか、
その覚悟もないのなら、引き受けるなと言いたい。
少なくとも、私がある人を信じるというのであれば、そうします。
そうして後悔しない相手でなければ「信じる」とは言いません(あくまで、
私は、ですが)。

親鸞上人は、法然上人に欺かれて、念仏をして地獄に堕ちたとしても
自分は後悔しない、とおっしゃっています。つまり念仏や阿弥陀様を
信じる以前に法然上人を信じているということですが、そこまで信じる
ことのできる人がどれだけいるか、そこまで信じることができるならば、
人を信じるところからでも「同じ高嶺」に至れるだろうと考えます。
 

ご回答、ありがとうございました。

 投稿者:荻野誠人  投稿日:2008年 7月 9日(水)14時26分57秒
   ◆こまいぬ様

 前回は詳しいご説明、誠にありがとうございました。勉強になることが多
いですね。

>この対話に決着がつけば、件の文章の付録として追加したいぐらいです
 それはそれは光栄な仰せです。どうぞよろしくお願いします。しかし、そ
ういうことを言われると直ぐに調子に乗るのが悪い癖ですが・・・。

 やはり「経県値?」高いですね。私は全然日本を知りません。九州も北海
道も行ったことがありません。通過すらしていない県が27くらいもありま
す。点数化すれば、100点を大きく下回るでしょう。でも別にさほど残念
にも思いませんが・・・。

 『ナルニア』第一作は、最近テレビで見ました。けっこう面白かったです
ね。こまいぬさんがナルニアのファンとは存じませんでした。『ナルニア』
の足元にも及びませんが、最近始めました拙作『天使の修行』シリーズもよ
ろしかったらどうぞ。(^^;)

 さて、前回のご説明に関連のあることを書こうとしておりましたが、何度
も書き直したりして、どうしてもうまく書けません。時間ばかりが過ぎてい
きます。そこで今回は単純な質問を一つだけさせていただきます。

 鰯の頭を信じても、山頂にたどりつける(つまり、悟りですか?)のなら、
神仏以外のものを信じてもたどりつけますか。例えば『走れメロス』みたいに
人を信じる、といったことです。この場合は「信仰」にはなりませんけど。そ
れともやはり対象が「神仏」である必要があるのでしょうか。

 それではまた。お元気で。

http://www.bekkoame.ne.jp/i/gb3820/

 

「感情と思考」「宗教の真髄」

 投稿者:近藤  投稿日:2008年 7月 4日(金)21時19分7秒
  ブログ更新のお知らせです。

「感情と思考」
「宗教の真髄」

を更新しました。
ご興味あれば、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/

 

カスピアン王子の角笛

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 7月 2日(水)00時14分15秒
  今日は、珍しく映画の日に時間ができたので、『ナルニア国物語
第2章・カスピアン王子の角笛』を見てきました。

前作以上にスペクタクルで、あっという間に時間が過ぎたのも、
おもしろかったからでしょう。

今回は、前作が比較的原作に忠実であったのに比べ、結構大胆な
ストーリーの変更もありました。カスピアン王子とスーザンの…
も大胆な解釈ですが、最終話を考えると、そういう解釈もなかなか
おもしろいと思いました。

それはともかく、やはり映画としておもしろくするためには、こう
いう改変も必要なんでしょうな。原作は、児童文学だけあって、
指輪などに比べるとかなりのどかな印象がありますから。

とはいえ、原作に思い入れのある私としては、おもしろかったけど、
前作ほど心に響かなかったのが残念です。しかたないことですが。

次回、朝びらき丸は監督もかわるようですが、どうなるでしょうか。
美しい映像が期待できるシーンはたくさんありますが、スペクタクル
シーンになりそうなところはあまり思いつきませんから、どういう
路線になるか、興味深いところです。
 

先週後半は

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 7月 1日(火)23時40分46秒
  約一年ぶりの関西出張でした。

ちょうどG8の外相会議と重なって、結構厳重な警戒でした。
特に、時間を作って京都で途中下車したのはいいものの、
テロ警戒のためコインロッカーが使えず。誤算でした。
 

覚者の思考と凡人の思考

 投稿者:近藤  投稿日:2008年 6月27日(金)22時47分46秒
  ブログ更新のお知らせです。

「覚者の思考と凡人の思考」

を更新しました。
ご興味あれば、よろしく^^

http://blog.livedoor.jp/sin433/

 

Re.改装

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 6月23日(月)22時37分57秒
  >アルカヘスト様

ありがとうございます。ウルタ君、飛びついたのはビニール袋
でしょうか? きゃふきゃふですね。

数年ぶりの改装ですが、タイトルなど、初期に近くなったような
感じです。

> 19日の記事ですが、当日実は私も同じ題で同じテーマを考えて
> いました。

本当は仏教者など、こういう問題を真剣に考えるべきだと思うの
ですが、あっても当たり障りのない議論しか見あたらないようです。
ひとつには迂闊なことを言うと大変な目に遭う現代の風潮への対処
もあるでしょうが、多くの場合、仏教者と称しながら、実質的には
寺院経営者に成り下がっているケースが多いからではないかという
気がします。
 

Re.幸せになる唯一の方法

 投稿者:こまいぬメール  投稿日:2008年 6月23日(月)22時15分15秒
  >近藤様

いつもご案内、ありがとうございます。また、当サイトへの
リンクの変更、ありがとうございました。

「幸せになる唯一の方法」
実におっしゃるとおりだと思います。結局、自分が幸せだと
思うことであって、客観的な状況とは必ずしも一致しないのは
身の回りを見ただけでも、あるいは自分自身を見てもその通り
です。

ただ、一面で、それこそが極めて難しいということも事実でして、
本来なら、「どうすれば自分が幸せだと思うことができるか」と
いう分析や研究が、もっと世の中にあってもよいと思うわけです。
 

レンタル掲示板
/14